パチ パチッ パチッ
暖炉にくべられた木が炎ではじけるでコレットは目を覚ました。
一瞬、ここがいわゆる天国というところなのだろうかと思ったがすぐにその考えを否定した。
コレット眠っていたのはフラノールにただ一軒ある、いつも泊まるときに利用する宿の一室だったからだ。
「おお、 やっと気がつきなさったか。お嬢さん」
太く響く声がコレットに声をかけた。その声は今自分が一番聞きたい声とは違うようだった。
声のした方を見るとそこには深いシワが刻まれた顔と白い髪をして雪国特有の毛糸の帽子をかぶった老人がいた。
「あなたが助けてくれたんですか?」
まだボーっとする頭を降り興し、自分のおかれた状態を少しでも理解しようとコレットは老人に尋ねた
老人はコレットが無事に目を覚ましたことがうれしいくて微笑んだ。
「わしゃぁここの宿の主じゃて。お嬢さんを助けたのは、
フォッ、もうすぐこっちにくるじゃろう」
老人の言葉が終わると同時にタイミングを見計らったようにドアが開いた。
入ってきたのはコレットが好きな二刀流の少年より少し背が高く、はっきりした綺麗な顔立ちをした妙齢の女性だった。
赤い瞳はルビーを連想させ、腰ほどまでに伸ばされた銀色に近い金髪はじゃまにならぬよう一本の三つ編みにしてまとめている。
コレットは目の前に現れた女性のある部分に気がつき、驚いた。
女性の鋭くとがった耳は自分とは異なる種族であることを表していた。
コレットは 思わずつぶやいた。
「ハーフエルフ??」
その小さな呟きは女性の耳にはっきりと届いていた。
ニッコリと女性は優しく微笑み答えた。
「いいえ、私はエルフよ。」
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エルフ。
それはこの世界を代表する3つの種族の内の一つ。最も長い時を生きる者たち
彼らは300年前よりいっそう人の世に現れなくなった。
人よりも長い時を生きるエルフにとって300年という年月は確かに長いものではあるが人の感覚に比べれば長すぎるほどではない。
彼らの中にある300年前の記憶は未だ鮮明に残っていた。
自分たちの遠い過ちで狂える英雄ミトスを生み出してしまったこと。そして人間によるハーフエルフの虐待を黙認していたこと。
現在彼らはかつて焼かれたユミルの森を復興しそこで暮らしている。
決して人の世にでるな、そして彼らとまじわるなという二つの絶対的な規律の中で。
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ミトスとの戦い以来、エルフはユミルの森から決して出てこなくなったのに。それなのにどうして。そんなコレットの疑問にエルフの女性は気がつき、コレットに語りだした。
「私は生まれつき放浪癖があるみたいなの。
どうしても一箇所でじっとしていることができなくて。自分でも時々不思議に思うわ。どうして故郷を捨ててまで旅をしているんだろうって。」
自分の言葉に思わず苦笑しながらエルフの女性は話すと何かを思い出したかのように再びコレットの方を見た。
「そういえば、私の名前をまだ言っていなかったわね。
私はサキエル、サキエル・モーナ。サキエルと呼んでもらって結構よ。」
「わ、私はコレット・ブルーネルです。コレットって呼んでください、サキエルさん。
助けてくださってどうもありがとうございます。」
「どういたしまして。コレット」
コレットとサキエルはは簡単な自己紹介をすると、たがいに微笑んだ。
「それにしても本当に目が覚めてよかったわ。コレットさんあなたは三日も目を覚まさなかったんですよ」
「ウソ!?」
サキエルの何気なく出た言葉でコレットは自分が三日も目を覚まさなかったことを知り驚いた。そしてその瞬間、自分をかばって頭から血を流し気絶したロイドの姿が頭をよぎった。
「そうだ!ロイド、ロイドは無事ですか!」
「あ〜、あのつんつん髪の兄ちゃんかい?」
「彼も貴方と一緒にここに運ばせてもらったわ・・・」
「じゃあ、ロイドは無事なんですね。よかったぁ」
「ええ、彼、ロイドはあなたより3日前、ここに運んですぐ目を覚ましたんだけど」
コレットはロイドが無事だということを聞き喜んだ。そのためエルフの女性の顔がいつの間にか深刻なもへと変わっていることに気がつかなかった。
ロイドの無事を自分のことのように喜ぶコレットにサキエルは声をかけるのを一瞬ためらった。
だが意を決しコレットに声をかけた。
「彼・・・どうやらきお」
バーンッ
サキエルの最後の言葉が出る前に突然、ドアが開き元気のいい声が部屋中に響きわたった。
「爺さん、薪割り全部終わったぜ。あと、下にお客来てたぜ」
入ってきたのは大人と子供の中間にいるような年の少年だった。癖が強いのか茶色の前髪はつんつんと上に逆立っていて、独創的でボタンが沢山ついた赤い上着を着ている。顔は目鼻立ちは整っており今は外で薪割りをしていたせいか頬はいつもより赤くなっていたかった。
「お〜、ありがとな若いの。ほれ、あんたと一緒に運ばれてきたお嬢さん。目が覚めたようじゃよ。
わしゃあ、下のお客の相手をせにゃならんからこれで失礼するよ」
老人はそういうと部屋から出て行った。
部屋を出て行く老人を見送ったロイドは、目を覚ましたコレットに気がつきベットに近づいた。
「ああ、あんた目が覚めたんだ。よかったあ、3日も目さまさないから心配したんだぜ」
「???ロイド、どうしたの?。どうして私の名前をよんでくれないの?」
「ロイド?ああ、もしかしてそれって俺の名前なのか?」
「そ、そうだよロイド。あなたの名前はロイド・アービング!私はコレット・ブリューネル。
私が誰なのかわからないの??」
コレットの必死の叫びにロイドは左目だけを閉じるいつもの癖をしながらすまなそうに答えた。
「わりぃ、コレット。ホント何にも思い出せないんだ。コレットが教えてくれなかったら自分の名前さえわからなかったんだ」
「・・・・・・うそ」
その一言を口にするのが精一杯だった。
コレットは目の前が一瞬で真っ暗になるようなショック強いショックを受けていた。
しばらくコレットは目を開けたままピクリとも動かなかった。
動かなくなったコレットが心配なロイドはとりあえず声をかけてみた。
「お、おい。どうしたんだよ。コレット。大丈夫か?」
次の瞬間コレットの両目から涙が流れ出し。コレットはロイドにひたすら謝りだした。
「わ、わたしの、わたしのせいで・・・・・ゴメンね、ゴメンね、ロイド〜。ゴメン」
取り乱し高のようにロイドに向かってひたすら謝るコレットにロイドはどうしていかわからずただおろおろするしかなかった。
そんな様子を見ていたサキエルはコレットの肩を易しくつかむとそっと抱きしめた。
「落ち着いてください。コレット。あなたがそんな風ではロイドがよけい混乱しますよ。」
雪の化身のように白いサキエルだがその両腕はとても暖かだった。その暖かい両腕に包まれたコレットはいつの間にか赤ん坊のようにおとなしくなっていた。
腕の中で静かになったコレットを見てサキエルはそっとコレットを離した。
「そうだぜ、コレット。心配すんなって。全部忘れたんならまた一から思い出していけばいいだけなんだからさ」
記憶喪失なんて全然平気だ。だから心配するな。
ロイドはそういうとニカっと最高の笑顔でコレットに笑いかけた。
その笑顔はコレットの一番好きなロイドの顔だった。さっきまでコレットの心を覆い尽くしていた不安やおそれがいつの間にか消えていた。
「そうだよね、一番大変なのはロイドなのに。ゴメンね取り乱したりしちゃって。私、もう平気だよ。」
「そうか。よかった」
ロイドの笑顔を見ながらコレットは心の中で誓っていた。
(そうだ、いつだってどんなときだって。どんな困難なことがあっても二人でがんばってきたよね。
こんなことで挫けちゃいけないよね。いつも私はロイドに支えられてきた。だから今度は私がロイドを支えていこう)
・・・・と。
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