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クルシスへ戻ってきたクラトスを最初見たとき、ユグドラシルほどの者さえ、そのあまりの姿に驚きの声を上げた。
どれほど酷い場所を歩き回ったらそうなるのだろうか。爪という爪はすべて剥がれ落ち、体中に付けられた傷は手当てもされず、膿を放ち、一部は既に腐りかけていた。
艶のあった髪は輝きを失い、かつては誇り高い鷹のごとく鋭かった瞳は死人のように虚ろだった。
「ク、クラトス!?」
叫ぶユグドラシルの声をクラトスはどこか遠くで感じていた。
本当ならクルシスへと戻る気などクラトスには無かった。
だが、死の危機へと直面したとき、本能は死よりも生を望み、彼は再びクルシスの地を踏んでいた。
「急いでクラトスに治療を!!」
クラトスはユグドラシルの指示により、すぐさま医療カプセルへと入れられ治療を受けさせられた。
そして、それから1ヶ月が過ぎ・・・・
治療室に置かれた1つのカプセルの前に佇む一つの影があった。
「なぜ・・・目覚めない。クラトス・・・」
本来なら1週間もかからないはずの治療は今なお続いている。
体はほぼ回復した。
臓器などにも異常は全く見られない。
だが、クラトスは、目覚めようとしなかった。
「夢の中に逃げ込むつもりなのか?」
ユグドラシルは哀れむように眠り続けるクラトスに尋ねた。
生きることが苦痛でしかなかったクラトスは、夢の世界に救いを求めた。
その世界でなら、アンナとロイドに会えるから。
夢を見た。
綺麗な場所だった。
空は澄み渡った青。
そして、私の隣には愛すべき者達の姿があった。
ロイドは遊び疲れたのかノイシュのお腹にぴったりとくっつき暖かい日差しの中、昼寝をしている。
アンナはそんなロイドを愛おしそうに見つめていた。
「アンナ・・・」
「クラトス? どうしたの?」
思わず彼女の頬に手を伸ばし、そこにいるのを確かめるように撫でる。
触れられた頬がくすぐったいのか彼女が目を細めて微笑む。
肌から暖かいぬくもりを感じとり私は安堵した。
アンナは生きているし、ロイドはここにいる。
すべては夢でこれこそが現実
私はそう自分に言い聞かせた。
夢を見た。
夢を見た。
なんてあさましい。なんて醜い。なんてエゴだろう。
あり得るはずのない世界を私は望む。
ディザイアンの追っ手から逃れ、人里離れた村へと私たちはたどり着いた。
村人達は、よそ者である私たちを暖かく迎え入れてくれた。
その村はとても辺境の地にあり追っ手に見つかる心配はほとんど無かった。
人間牧場からも遠く離れたその村の、のどかな風景がすっかり気に入った私とアンナはそこに住居を構える。
ロイドはその村ですくすくと元気に育ち、やがて成人になり、妻をめとり家を出た。
<最近、楽しみが一つ増えた。孫の顔を見ることだ。>
夢を見た。
夢を見た。
夢を見た。
これは本当に夢なんだろうか?
月日は淡々と流れていった。
老いのこない私と違い、アンナはゆっくりと年を取っていく。
元々体があまり丈夫ではなかったアンナは近頃、よく寝込むようになっていた。
顔には皺が刻まれ、美しかった髪にも白髪が目立つようになっていたが、彼女に対する思いだけは何時までも変わることはない。
火事のできなくなった彼女の変わりに私が食事を作り、掃除をする。
どれも手のかかる仕事だが彼女のためだと思えばそれも苦ではなかった。
夢を見た
夢を見た
夢を見た
夢を見た。
夢はいずれ覚めるもの。
永遠に夢を見続けることなどできはしない。
アンナの腰はすっかり曲がり、一日のほとんどをベットの中で過ごすようになっていた。
気づくとロイドの子供はいつの間にか結婚しており、私は近いうちひ孫の顔を見ることができるらしい。
とても穏やかな、いつもと同じ一日だった。
その日は珍しくアンナの気分がいいようだったので私も嬉しくなる。
「ねぇ、クラトス。もうそろそろ、いいでしょ?」
「なにがだ?」
ベットの上の食事を下げようとする私の手をアンナが優しく握りしめ、微笑んだ。
「起きてちょうだい、そして、現実を見つめて」
「な、何をいっている!?」
その笑顔は昔から変わることなく美しく・・・・どこか寂しそうだった。
「偽りの私を愛してくれてありがとう・・・そして・・・さよなら」
触れたアンナの手が見るまに闇へと変わり、そしてそれを中心に世界のすべてが闇へと変わる。
「ア、アンナァ!!!」
その闇から逃れようとしたが、捕まり・・・引きずり込まれ・・・・
最後に彼女の言葉を聞いた気がした。
「私の分まであの子を愛して」
そして私は・・・・望まぬ目覚めを迎える。
気づくとそこは生暖かい水溶液の中だった。
息を吸うと、液体がサラサラと肺の中へと入ってくる。そこは液体が満たされたカプセルの中だった。
私は全裸でカプセルの中に浮いていた。
ふと、前を見ると、ぼやけてはいるが誰かが側に立っていることに気づいた。
「お帰り、クラトス。長い長い夢は・・・楽しかった?」
「・・・・」
喋ろうにも肺の中は液体で満たされているので声を発することはできない。
ミトスはそれに気がつくとカプセルの強制排出ボタンを押した。
カプセルの上部からマスクが降りてくる。それが顔に取り付けられた瞬間、勢いよく鼻と口から肺に貯まった液体を吸い出していき、同時にカプセル内の溶液は外へと排出されいく。
すべての液体が外へと排出された後、最後にフタが開いた。
カプセルから起きあがった私にミトスは用意してあったガウンを手渡と、昔のように純粋な笑顔で出迎えた。
「ちょうどいいタイミングで起きたね。」
「どういう意味だ。」
その笑顔はたしかに昔のように純粋であり、既に取り返しのつかないくらい歪みきっていた。
「シルヴァラントの神子に信託を授けるときが来たんだ。」
「シルヴァラント・・・・」
そこは彼女が死んだ忌むべき場所。
その言葉を耳にした瞬間私の手はピクッと止まり、視線いつのまにか床へと落ちていた。
「今度の神子は、これまでにないくらい姉様と似通ったマナを持っているんだ。だから今回の世界再生の旅は必ず成功させなきゃならない。」
「・・・」
「協力してくれるよね?」
視線をそちらに向けると、はいつの間にかその姿をユグドラシルと呼ばれるクルシスの指導者としての姿に変えていた。
その美しいグリーンアアイズには一ミリグラムの感情も感じ取れない。
そして機械のように淡々とした声が私に命じる。
「四大天使の一人にしてクルシスの最高指導者であるユグドラシルが命じる。クラトスよ、地上におり、神子の護衛をせよ。そして姉様の器をこの地へ導け」
「・・・御意」
私はその足下に膝を折り頭を垂れる。
拒むことなどできないことはその目を見てすぐ分かった。それにもし私が行かなくても他の誰かが代わりに行くのだろう。
それなら・・・最後にもう一度だけ、彼女の愛した地を踏もう。
そしてこの任務が終われば、再び眠りにつこう。今度は永遠に目覚めない夢を見るために。
そう心に決め、私は再び地上へと降り立った。
そして彼の地で・・・私は思いがけない人物と出会うこととなる。
赤い服を着たその少年は、夢に出てきた私の息子と全く同じ姿をしていた。
これは・・・
夢ではなく現実なのだ。
END